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 絶対的ラスボス


 晒された柔らかい喉元に天牙棍を突き入れる。
 牙を剥いた魔物はぎゃん、と一声鳴いて絶命した。
 周囲を確認し、襲ってきた魔物が全て息絶えているのを確かめ、棍を一振り。
 血糊を払ったティルはふぅ、と息を吐いた。
「お見事」
 乾いた拍手を送るのはここファレナ女王国において救国の英雄と讃えられる青年である。銀髪を惜しげもなく風に靡かせ、爽やかな笑みを振りまいていた。
 しかしティルは知っている。ファルーシュと名乗った彼が好青年の皮の下に隠しているえげつなさを。少なくとも魔物を一撃で仕留められる技量を持ちながら、じっくり嬲って倒す人間を優しいとか正義感溢れるとか、まっすぐな言葉で表すのは不可能だろう。終わった後に「暇潰しにもならないね」と呟いていたのもばっちり聞いた。聞かせることも計算のうちであろうことを思えばますますもってイイ性格をしている。
 何がいけなかったのだろうか。棍の倒れた方へ歩いていたら聖地ルナスとやらに迷い込んでしまったことが元凶だろうか。だが彼が何を思ってか自分について来たりしなければ縁は切れたはずなのだ。
「で、あんた」
 唸るティルを楽しげに眺めていたファルーシュをねめつける。
「ファルでいいよ」
「……じゃあファル。あんた聖地で斎主サマとやらをやっていたんじゃないのか」
「代理だよ代理。前任の叔母さんが電撃結婚しちゃって」
 てへ、と笑う二十五歳。いい年こいて痛い仕草が似合うところがまた痛い。
「後任は決めてきたんだろうな」
「いや、そこまでは私の関知するところじゃないな、残念ながら」
 ティルはどうしようかこいつ、と思った。代理とはいえトップがとんずらこいたら今頃大騒ぎだろう。そして仮にも王族がンな適当なことしちゃっていいのだろうか。
「まあ、あんたの出奔が齎す影響については自分で尻拭いするべきだからいいとして」
 あんたじゃなくてファルって呼んでよー、とぶすくれている青年が視界に入るが断固無視である。こういうタイプは相手にすると付け上がる。これがティルの経験則であった。だがしかし相手をしなければもっと調子付くタイプがいることを失念していた。
「何で僕に着いてきてるんだ」
 結局聞きたいのはそこである。
 問題はその一点でしかない。他国の英雄が何しようが知ったこっちゃないが、何故当然の顔をして着いてきているのか。ナチュラルに戦闘を数回こなした後なので地味にレベルが上がっているがそこは置いておくとして。
「え、私言ったよね。君に惚れたって」
「僕は聞いてないぞ!!」
 全力でティルは聞かなかったことにした、かった。



「まああれだ、最初は好奇心だったんだね」
 その場で回れ右してスタートダッシュを掛けようとしたティルは速攻で襟首を捕まえられ捕獲された。思いっきり首が絞まったのはお約束である。厳重抗議したかったがキラキラ綺麗な顔で微笑むファルーシュの背後によろしくないオーラを嗅ぎ取ったので敢え無く断念した。レベル差の見極めは大事である。十年の壁は厚い。相手が王族でこちらが数ヶ月前まで現役テロリストでもひたすら厚かった。深く考えると精神衛生上悪そうである。
 街道沿いの森、少し開けた場所に焚き火を焚いて野宿の構えである。
 パチパチと爆ぜる炎に枯れ枝を放り込み、ファルーシュは笑った。
「“トランの英雄”に興味があったんだよ」
「あんたの立場なら情報ぐらい幾らでも入ってくるだろ」
「実際に会ってみたかったんだ。革命家たりえた英雄にさ」
 微笑むファルーシュの、白い横顔に赤い炎が影を揺らめかせている。
「革命家ってのは往々にして独裁者になりかねない。それを成すだけのカリスマがあるからね。独裁者を倒した革命家が、その独裁者になって民衆に倒される……よくある歴史だ」
 ティルは黙り込んだ。歴史書などで見たことのある、安っぽい悲劇だ。だが現実感がない。
「私も恥ずかしながら英雄なんて呼ばれてるけど、立場は逆だった。革命家に対抗する軍だったんだ。彼はまさしく革命家で、独裁者だった。詳しくは本を参照すること」
「読んだことがある。ゴドウィンだな」
「そ。あの頃の私は儚くていたいけな箱入り息子だったからね。素で素敵に薄幸の美少年やってた」
「いけしゃあしゃあと」
「本当だって。政界に巣食う有象無象……じゃない、魑魅魍魎を叩き潰すうちに一皮剥けたんだよ」
「叩き潰せる時点で内側が知れてるように思うがな。……それで?」
「ああ、つまり私は象徴でありお飾りだった。持ち上げられた存在でしかなかった。だから君に会ってみたかったんだよ」
 ファルーシュはゆっくりとティルに目を合わせ、ひたと見据えた。
「栄華も栄誉も、全て投げ打つことが出来た“英雄”ってやつにね」


「……買い被りだ。僕は、そんな」
 からからに干からびた喉から搾り出した声はみっともなく震えていた。
 別に崇高な志があった訳ではない。破れた国を立て直すのが、壊したものを作り直すことがどれだけ難しいか理解していて全てを残される者に押し付けた。過程で語るならティルは逃げ出した卑怯者でしかない。何よりも自分自身が一番理解している。
 それでも、それでも。理由はあれども言い訳にはしたくなかった。この紋章がいくら呪われていようとも、今は亡き親友のいのちを懸けた願いの末だ。
「紋章のことはある程度知ってるよ。うちには優秀な耳があるから」
 ふふ、と微笑むファルーシュの表情はあくまで柔らかい。まるでいとおしむかのように。ひどい錯覚だ。
「でもティル、君ならきっとその紋章がなくても、姿を消すことを選んだだろう」
 それはどこか宣告に似ていた。無慈悲で絶対で、だがどこか温かな声だった。

「初めは英雄に興味が湧いた。会ってみてティルが気に入った。話す内に手に入れたくなった。どういう感情か自問して、それは執着だと結論した。恋情か愛情かは関係ないね。君が欲しい、それだけの話だ」
 弱くなった炎に枝を放り込む。ぼう、と燃え上がるそれを眼に宿してファルーシュは笑む。ただ、笑む。
「これが答え。お気に召さないかい?」
 ティルは答えられなかった。それは間違いだとは言えなかった。曲がりなりにも一国を引っくり返したのだ、ある程度の政情は把握している。彼の置かれた立場、王位継承権を持たない身でありながらの大きすぎる功績、ファレナが持て余していることなど簡単に予測がつく。
「難しい顔しちゃって」
 くつりと形のよいくちびるを歪めたファルーシュは、優しい手つきでティルの眉間を撫でた。大きな手のひらが触れる感触にティルは訳も分からず叫びだしそうになった。
「そんな深刻なことじゃない。妹も、姉のような家族だったひとも、私が認めてやってもいい夫と幸せになった。ツンデレでへたれだけどね。……次は私の番だろ、ってことで伴侶をゲットしようと思ったんだ。んで、早速見つけたのがティル、君だね」
 うわお。
 さっきまでのシリアスを吹き飛ばす台詞に一気にティルは脱力した。あれだ、無駄に思いやった僕の ときめき 優しさを返せ。でも熨斗はいらん。てな具合である。
「まあ安心するといいよ。私の懐は恐ろしく狭いが一度入れると二度と離さないと評判だ」
「うん、まずもって僕の意思を配慮するつもりはないんだな、その言い草だと」
「当然じゃないか。私は私のやりたいように、私の道をゆく。まあ心配はいらない、こう見えて一穴主義だから。浮気はしないよ」
「下品なことをさらりと言うな!」
「フレンドリーでいいかと思ったんだけど」
「あんたの基準はおかしい」
「でも否定はしないんだね。ありがとうティル。ゆっくり地盤固めをして最終的にはぞっこんに惚れさせてみせるから安心してくれ。幸せにすると誓う」
 ファルーシュは真顔である。やたらめったら真摯な視線で見つめられて正直ティルは腰が引けた。ついでにそ、と優しく手を握られて狼狽した。流石王族だけあって押しがグレード級である。
 ティルはせめてもの抵抗に、顔を逸らして呟いた。
「言っておくが否定しても無駄そうな雰囲気を察知しただけだ。僕は納得していないからな」
「ツンデレを絆すのもまた醍醐味」
 うんうん、と頷くヤツはシスコンであることを差し引いてもどこかR指定な書物の影響を受けているように思われた。テッドのベッドの下にあったコレクションとかコンプしてそうでやだなー、とティルは思った。自分ががっちり落とされる側にロックオンされていることは故意に無視しておいた。

「さて、明日は早い。寝よう、ティル」
「……どこへ向かうつもりなんだ? 正直、僕はまだ行く先を決めていないんだが」
「分かり易く僻地な聖地に迷い込む人間はスケールが違うなあ。ほら、君と添い遂げるなら少なくとも不老が必要。ということは真の紋章をゲットするところから始めないと」
 けろりと言うファルーシュ。真の紋章も随分と安っぽくなったものである。
「終わりがどこか甚だ不安だな。当てはあるのか?」
「ついこないだ真の紋章関連の戦争やっておいて何言ってるんだか。トランに行くよ。手がかりを求めて」
「あんたが何を思うのも勝手だが僕を巻き込むな」
「大丈夫だって、こっそり帰れば」
「見つかったら国を挙げての騒ぎになりそうだと思うのは僕だけか」
「ファレナ王族お忍びの術を舐めちゃあいけないよ。私が保証しよう」
 ティルはもう逆らう気力が失せかけていた。正直気合と根性と気迫、その他もろもろでなんとかなった反乱の方がまだしも……と危ない思考にも走りかけた。
 ファルーシュ・ファレナス。ティルを伴侶にと寝惚けたことを言うだけあって手強さは折り紙つきである。
「……僕は行かないからな」
 あからさまにティルは可愛いなあ、と温かい視線を向けてくるファルーシュを無視してティルは意識を沈めていった。
 近い未来、トランの地を踏む羽目になる自分の姿がやけに鮮明に脳裏に浮かぶのが恨めしかった。


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